東京地方裁判所 平成3年(ヨ)421号 決定 1991年5月01日
債権者
株式会社X
右代表者代表取締役
X1
右訴訟代理人弁護士
飯塚卓也
同
松井秀樹
同
山岸良太
同
久保利英明
債務者
Y株式会社
右代表者代表取締役
Y1
右訴訟代理人弁護士
川嶋尚道
債務者補助参加人
Z
右訴訟代理人弁護士
石川一郎
同
関谷巌
同
栗林信介
石川一郎訴訟復代理人弁護士
高田弘明
主文
一 債務者は債権者に対し、別紙物件目録記載の建物を仮に明け渡せ。
二 申立費用は債務者の負担とする。
理由
第一事案の概要等
一別紙物件目録記載の建物(本件建物)は、もとY株式会社(Y)の所有であったところ、債権者は、これを株式会社Tシティ(T)を経て買い受けたとして、その所有権に基づく明渡請求権を被保全権利として、本件建物を占有する債務者に対し主文第一項記載の明渡断行の仮処分を求め、債務者は、本件建物につき債権者に対抗できる賃借権があるとして、本件申立ての却下を求めた。
債務者の本件建物の占有は、別件の本件建物引渡断行仮処分(当庁平成三年(ヨ)第三〇七号不動産仮処分命令申立事件、債権者、本件債務者、債務者Y)の執行により取得したものである。
二本件の主要な争点は、債務者がYとの間で締結した本件建物の「賃貸借契約」に基づく「賃借権」が、別件仮処分決定の執行により得た本件建物の占有により、又は本件建物の新所有者である債権者が背信的悪意者であるとして、債権者に対抗できるかどうか、債務者の「賃借権」は解除により消滅したかどうかである。
第二当裁判所の判断
一本件建物の所有権の帰属
1 疎明及び審尋の全趣旨(争いのない事実も含む。)によれば、次の事実が一応認められる。
(一) 本件建物は、Yがその所有する土地(本件土地)上に建築した駐車場用建物であり、
(二) Yは、Tとの間で本件建物完成前の平成二年一〇月二六日に本件土地及び本件建物の売買契約(売買代金七五億四三九四万一〇〇〇円)を締結し、(<証拠>・不動産売買契約書)、平成三年一月末日を予定日とする残代金(売買代金から手付金及び中間金を控除した額)授受時に、これと引き換えに本件建物の所有権が移転され、かつ、引渡し(占有移転)が行われることが約定され(<証拠>・第3条、第5条ないし第7条)、
(三) さらにTは、債権者との間で平成二年一二月二六日に本件土地及び未完成の本件建物の売買契約(売買代金八〇億円)を締結し(<証拠>・不動産売買契約書)、平成三年一月末日を予定日として、TがYに右(二)の残代金を支払いTの本件建物の所有権取得が確認された後、債権者がTに本件建物の残代金(売買代金中、右契約締結日に支払の本件建物分の一部及び本件土地分を控除した額)を支払い、これと引き換えにTから本件建物の所有権及び占有が移転されることが約定され(<証拠>・第3条、第5条、第6条、第8条)、
(四) 平成三年一月二九日に太陽神戸三井銀行新宿支店において、YとT間、Tと債権者間の売買残代金がすべて決済されたため、債権者は本件建物の所有権を取得し(<証拠>、<証拠>、<証拠>・領収書、<証拠>・領収書・銀行預金通帳、<証拠>・宮林報告書)、
(五) 同日、右残代金決済の際、Yから債務者に表示登記及び保存登記に必要な書類が交付され、最初の所有者であるY及びその次の所有者であるTの登記を省略し、当初から債権者を所有者として、同日申請の表示登記が同月三〇日に、また、同月三一日受付で保存登記がそれぞれされた(<証拠>)。
2 これによって、債権者は平成三年一月二九日に本件建物の所有権を取得し、同月三一日にその対抗要件を取得したことになる。
二債務者の本件建物の占有
債務者は、平成三年一月三〇日の別件仮処分決定の執行により、本件建物の引渡しを受けて占有しているものであるが、他方、疎明及び審尋の全趣旨によれば、平成三年一月二九日にY、T及び債権者間の残代金決済が行われた際、Tは、Yから本件建物の鍵の引渡しを受けることによって本件建物の占有を取得し、反面、Yは本件建物の占有を失った(なお、Tは債権者の占有代理人として、右占有を取得した)ことが一応認められる(<証拠>・鍵引渡書、<証拠>・業務委託契約書、<証拠>・鬼塚報告書、<証拠>・三島報告書、<証拠>・吉田報告書、<証拠>・阿部報告書、<証拠>・増山報告書、<証拠>、<証拠>・横山健治報告書)。
三債務者の賃借権の対抗力
1 債務者は、本件建物につき、Yとの賃貸借契約があり、別件仮処分決定の執行による本件建物の占有はこの賃借権の対抗要件となる旨主張する。
2 しかし、右二で認定したとおり、少なくとも別件仮処分決定の執行がされた際には、Yは本件建物の占有を有していなかったのであるから、この執行による占有の取得は不適法なもので、他に相当の理由がない限り別件の仮処分決定は取消しを免れない。したがって、この不適法な執行による占有取得によって債務者の本件建物の賃借権に対抗要件が具備されたとは言えない。
四背信的悪意
1 債務者は、債務者の本件建物の賃借権に対抗要件がないとしても、債権者及びTは、債務者が本件建物の賃借権を有すること、本件建物の企画設計等に関し債務者のノウハウが提供され、債務者が駐車場を営むことを前提に建築されていること、Yが本件建物を他に売却するときは、債務者に先買権を与え、又は債務者の賃借権を買受人に承継させる合意があったこと等を知悉しながら、Yを含めた三者で通謀し、債務者を害し債権者に賃借権の負担のない状態で本件建物を移転することを企て、ダミーであるTを介して本件建物の所有権及び占有を取得したものであるから、債権者は背信的悪意者であって、債務者の賃借権は対抗要件がなくとも債権者に対抗でき、債務者の本件建物の占有は権原に基づくものとなる旨主張する。
2 しかし、疎明によれば、債務者がYとの間で本件建物の「賃貸借仮契約書」に基づく契約を締結していたこと及び本件建物の企画設計等に参画していたことは一応認められるものの、債権者が、債務者の本件建物に対する賃借権の存在を知っていたこと、債務者を害する意図を有していたこと、三者で通謀したこと、Tが債権者のダミーであること等を認めるに足りる疎明はない。
かえって、疎明によれば、Tは、債権者とはもともと全く関係のない会社であって、Yと債務者との間の賃貸借に関する契約も解約され、賃借権による制約がない本件建物の所有権を取得できるものと判断して自己が本件建物において駐車場経営をする目的で本件建物を購入することとし、Yとの間で売買契約を締結したこと、また、債権者も、債務者の賃借権の存在等は知らずに、相続税対策のために駐車場経営をTに委託するとの合意の下にTとの間で売買契約を締結したことが一応認められ、債権者が背信的悪意者であり、Y及びTと通謀していたなどとは到底認めることができない。
したがって、債務者の右主張は失当である。
五保全の必要性
1 疎明によれば、債権者は本件建物の多額の購入資金を金融機関から借り入れ、その返済原資として本件建物の駐車場利用料金収入を予定していたところ、債務者が本件建物を占有しているために開業できず、その金利負担と返済に窮していること、本件建物において債務者が駐車場営業を開始すれば、本案の裁判で債権者が勝訴判決を得、債務者との間で利用契約を締結した者にその明渡し等を求めるために多大の費用と時間を要するであろうこと、債権者及びその業務委託を受けたTは既に開業準備のために宣伝活動等を行っており、早急に債権者が本件建物の占有を得て駐車場業務を開始しなければ、これらの宣伝活動等は意味のないものとなってしまうことが一応認められる。
2 他方、債権者は別件決定に対する保全異議事件に補助参加人として参加しているものの、その手続で別件決定が取り消されても直ちに本件建物の占有を取得することはできず、右認定のような著しい損害を避けるためには、本件建物明渡断行の決定を得る必要があるというべきである。
よって、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官荒井史男 裁判官笠井勝彦 裁判官寺本昌広)
別紙<省略>